大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(く)119号 決定

証拠調は一般には罪となるべき事実に関する部分から始めることが原則ではあるが、必ずしもこれに従うを要しないのであつて、事案により苛くも罪となるべき事実の存否に関係ある限りにおいては事情にわたる部分から証拠調を開始しても敢て法令に違反するものとは謂えない。本件騒擾等被告事件において、検察官の釈明によれば、起訴状記載の公訴事実中罪となるべき事実の範囲は「在日米軍司令部附近に到るや」以後に記載されている暴行脅迫に在るのであつてそれ以前に記載された部分は事情であるから、公判裁判所としては先ず右の罪となるべき事実の部分に関する証拠の取調をすることが一応妥当であると考えられる。しかし本件起訴状をはじめ一件記録によれば右の罪となるべき事実たる暴行脅迫が在日米軍司令部附近で突如として勃発した訳ではなく、それに先行する事実から発展してこれに至つたものであることが推認できるから、右の事情の部分は単なる事情たるにすぎないのではなく罪となるべき事実の存否に密接な関係があり、これに重大な影響を及ぼし得るものをも含んでいることが認められる。従つて前記罪となるべき事実に至る迄の経過を公開の法廷における証拠調によつて審理することは結局本件において罪となるべき事実の真相を明かにする所以であると謂わなければならない。凡そ罪となるべき事実はそれ自体を独立せしめ、何等の予断、偏見なくしてその存否を究明すべきことは勿論であるが、該事実について前述の様な事情が存するときには、事の順序として、該事情の存否を調査しても、その為に必然的に罪となるべき事実についての予断、偏見が生れるのではない。寧ろ通常の場合においては、右の事情の調査によつて罪となるべき事実の真相の把握が容易にせられるものである。公判裁判所が右の事情についての証拠調を先ず決定し、罪となるべき事実についての証拠調に関する決定を留保したのは、その意専ら右の事情の存否の調査によつて本件における右罪となるべき事実の真相の把握を容易ならしめようとするに在り、右事情の調査によつて本件罪となるべき事実の認定を被告人等に有利に又は不利に導こうとする等の他意は毫も存しなかつたことは記録に徴し推認せられる。従つて公判裁判所が右の様な証拠調を決定したからとて、それを目して不要且つ不当な措置と為すを得ないから、その為に直ちに浜口裁判長以下三裁判官が不公平な裁判をする虞があると断ずるのは早計に失する。申立の趣旨は理由がない。

(中略)

申立の理由三に対して。

浜口裁判長が昭和二八年九月二二日の公判期日において被告人西貝に対して退廷を命じたこと及び更に警備員に対し同被告人を退廷せしめるように命じてその執行をなさしめたことが適法な措置であつて何等咎むべき筋合のものでないことは原決定に記載する通りである。そこで浜口裁判長が警備員に対し今後拍手をする傍聴人に対しては裁判長の命令をまたず直ちに実力を行使して退廷せしめるよう措置せよと命じたこと及び被告人西貝の退廷命令の執行を妨げる者は直ちに退廷せしめよと命じた点について按ずるに、裁判所法第七一条第二項は「裁判長は、法廷における裁判所の職務の執行を妨げ、又は不当の行状をする者に対し、退廷を命じ、その他法廷における秩序を維持するのに必要な事項を命じ、又は処置を執ることができる」旨規定し、刑訴法第二八八条第二項には「裁判長は、被告人を在廷させるため、又は法廷の秩序を維持するため相当な処分をすることができる」とあつて、法廷警察権は裁判長が行使することを明らかにしているから、法廷において裁判所の職務の執行を妨げ又は不当の行状をなす者があるとき裁判長が自らその者を確認指示して退廷命令を発し或はその執行を命ずることが原則ではあるが、多数の被告人或は傍聴人の存在する法廷において裁判所の職務の執行を妨げ又は不当の行状をなす者が続出して法廷が混乱し、裁判長が一々前記の様に事後の退廷命令等をなすことが著しく困難或は不可能に近いことが予想せられる場合においては「将来拍手暴行等喧噪にわたつた者があつた場合には」という様な具体的且つ簡単明瞭にして容易に識別し得る事実を内容とする条件に係らしめて予め一括退廷命令をなし、その執行を法廷警備員に命じてなさしめることは、決して手続をあいまい乃至は複雑ならしめるものではないばかりでなく、実際上必要己むを得ない措置であるから、かかる措置は法の放任するところであり、従つて敢て法令に違反するものではないと解するを相当とする。本件についてこれを観るに前記公判期日において被告人生井宇平の忌避原因の陳述終了の際より被告人、傍聴人の多数が拍手を始めたため浜口裁判長はこれを制止したが、なおも拍手が続くので「今後拍手をなす傍聴人は退廷せしめる。警備員は今後拍手をする傍聴人に対しては裁判長の命をまたずして直ちに実力を行使して法廷より退かしめる様措置せよ」と指示したこと及び被告人の内数名が被告人西貝を退廷させないよう警備員の実力行使を阻止しようとしたので、裁判長は更に警備員に対し「被告人西貝の退廷命令の執行を妨げる者は直ちに実力を以て退廷せしめるよう」命令したことは前記公判調書によつて明らかであり、前者は「今後傍聴人で拍手する者があつたらその拍手した傍聴人に対しては退廷を命ずる」という条件附退廷命令と警備員に対するその執行命令であり、後者も「警備員に対し」とあるが矢張りその実質は「退廷を命ぜられた被告人西貝を警備員が退廷させるに当り、その警備員の執行を妨げる者があればその者に対し退廷を命ずる」と謂う条件附退廷命令と警備員に対するその執行命令であると解することができるから右はいずれも裁判長が退廷命令をなすことを警備員に委任したものではない。而して右の条件である拍手或は被告人西貝を退廷せしめんとする警備員の執行措置に対する妨害は、いずれも簡単明瞭な具体的所為であつて、警備員においてもその認識を誤る虞のない事項であるから、これを条件とした裁判長の右各命令はいずれも正当であつて何等違法ではない。更に被告人生井宇平、同井上登、同岸野貞男が警備員によつて退廷せしめられたのは、同被告人西貝の退廷命令の執行を妨げたから裁判長の前記適法な条件附退廷命令に基いて執行せられたのであり、この点についてもまた違法の廉は存しない。

次に、弁護人が(1)被告人西貝に対する退廷命令(2)拍手した傍聴人は警備員において裁判長の命をまたず実力で退廷せしめよとの裁判長の指示(3)被告人西貝の退廷命令の執行を阻止しようとする者に対しては裁判長の命をまたず警備員において実力を以つて退廷せしめよとの裁判長の指示及び之に基く被告人生井宇平外二名に対する退廷の執行措置に対し異議の申立をしたが、裁判所は刑訴第三〇九条第二項の裁判長の処分には裁判長の法廷警察権行使に関する命令(裁判所法第七一条第二項)は含まれないから右異議の申立は不適法であるとして、これを却下したことは前記公判調書によつて明らかである。抗告人は右の裁判長の処分は刑訴法第二八八条第二項の「法廷の秩序を維持するための相当な処分」であることを公判廷で再三確めた上之に対して異議を申立てた旨主張するが、記録を精査するも前記認定の通りであつて、原決定には所論の様な事実認定の誤りは存しない。尤も刑訴法第二八八条第二項は裁判所法第七一条を受けて特に刑事事件審判の際の法廷警察権を規定したものと解すべきであるから、裁判所法第七一条第二項に基く裁判長の命令と謂うも刑訴法第二八八条第二項に基く裁判長の処分と謂うも、結局同一のことを謂うに外ならない。而して刑訴法第三〇九条は同法第二八八条の後に位置し右第三〇九条第二項の「裁判長の処分」には格段の制限が加えられていないので、同法第二八八条第二項の「法廷警察権行使としての裁判長の処分」を含み、従つてこれに対しても右第三〇九条第二項による異議の申立は許されるものと解するを相当とする。さればこれと同趣旨に出でない前記公判裁判所の見解は法令の解釈を誤つたものといわなければならない。しかしこれは法令の解釈に関することであつて、元来法を解釈する者の自由に任されているものであるばかりでなく、公判裁判所がその解釈に際し被告人等に不利な結果を招来しようとして故意に法令を誤解したものではないことは記録上推認せられるから、この為に直ちに浜口裁判長以下三裁判官が不公平な裁判をする虞があるとは断ずることができない。申立の趣旨は理由がない。

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